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巨人に負けなかった男・杉内俊哉の引退に秋の到来を悟った夜【燃えろ!!デブ野球】 第36回

燃えデブ第36回は福岡を熱狂させ巨人で背番号18を背負った通算142勝左腕・杉内!

こってりハンバーグセットを一気食いしていた高校生の俺は、あっさり生ハムサラダを注文するおじさんになっちまった

 この女の子たちは、俺らとほぼ同級生じゃないだろうか?

 映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』で、広瀬すずや池田エライザが扮する95〜97年あたりの90年代中盤の女子高生たちを見てそう思った。埼玉の片隅の恐ろしくノーマルな共学校にも確かにこういうグループはいて、やたらと声がデカく無意味にパンツが見えていて異様に元気だった。で、文化祭の打ち上げでカラオケへ行くと、みんな校歌のように安室奈美恵の『SWEET 19 BLUES』を熱唱していたのをよく覚えている。

 同時代の男子高校生サイドから『SUNNY』を見ると、三浦春馬演じるイケメン大学生DJ渉君の姿に「確かに当時ああいう服装とか髪型とかDJみたいな感じが格好いいと信じてたなあ」なんて思い出し、そんなスカスカの自分の過去が恥ずかしくて劇場で悶えるわけだ。例によってこのコラムは、巨人戦開始2時間前の東京ドーム近くのデニーズで書いている。あの頃、ファミレスでこってりハンバーグセットを一気食いしていた高校生の俺は、あっさり生ハムサラダを注文するおじさんになっちまった。そう言えば、久保田利伸の名曲『LA・LA・LA LOVE SONG』の「withナオミ・キャンベル」って誰? いや巨人の助っ人選手だよなんつって今週も小室プロデュースコラム『燃えデブ』が始まった。

ソフトバンクのエースとしてFA移籍してきた杉内は、デブじゃないけどその存在は超重かった

 ゴメン、最近悲しい出来事が多すぎて凄まじい嘘をついてしまった。村田さんも安室ちゃんもタッキーもそれぞれの引退を発表した平成最後の夏の終わり。通算142勝サウスポー杉内俊哉も、その17年間のプロ野球生活に別れを告げた。37歳の現役引退。15年オフに右股関節を手術後は、天才左腕も怪我には勝てず3シーズン1軍登板なし。引退会見での「若手が凄い球を投げるなとか、野球好きのおじさんが見てる感じ」という台詞は印象的だった。30代に入り、会社で若手社員がハッスルしていると、「負けてたまるか」じゃなく、「おぉ頑張ってるな」なんて感心してしまうあの感じ。知らぬ間に同じステージから降りている己に気付き唖然とする。

 今思えば、ソフトバンクのエースを張り、2011年オフにFA移籍してきた杉内は、デブじゃないけどその存在は超重い、昔で言えば移籍即巨人の4番を打った“オレ流落合枠”である。圧倒的な実績を持つ必殺仕事人。下手したらチーム内のパワーバランスそのものを壊しかねない。その立ち位置は、当時のファンにとって現役バリバリの大物メジャーリーガーを迎える感覚に近かった。だって、いきなり背番号18に年俸5億円だよ。半端ない助っ人感。で、それだけのプレッシャーの中でノーヒットノーランしちゃうわけだから。巨人の環境と重圧に押しつぶされてしまうFA選手が多い中で、その心身のタフさはレアだった。いわば、杉内俊哉は巨人軍に負けなかった男だ。

 14年7月にはMPB史上最速の1930回2/3で通算2000奪三振に到達。しかも、通算奪三振率9.28は2000奪三振以上の投手では史上1位を誇るドクターKぶりだが、お立ち台での台詞がまたキレまくっていた。
「三振を多く獲るからといって勝つわけじゃない」
 そらそうよ、野球ファンにとって奪三振とは不意に遭遇するイケメンとかパンチラみたいなものだ。それを見たところで家計が助かるわけじゃないけど、なぜか嬉しい。日常の余裕、野球のゆとり、人生のサプライズプレゼント。福岡と東京で多くの観客が幸せな気分になったことだろう。

内海がずっと支えて来た土台の上で、杉内はチームに緊張感と勝利への意志を加えてくれた

 キュートな童顔なのに異様な殺気、ベンチをぶん殴って骨折みたいな伝説の数々。強く儚い孤高のサウスポー杉内が移籍して来た頃、巨人はリーダー内海哲也を中心にまとまっていた。派閥なんか存在しない、風通しのいいフラットな投手陣。それを可能にしたのは内海の気配りと人徳だろう。しかし、同時にその暖かいグループは、戦闘集団としてどこかひ弱さを感じさせてしまったのも事実だ。オレ竜バトルサイボーグ軍団中日の後塵を拝し、2年間優勝から遠ざかっていた。

 そんな時、劇薬として投入されたのが、18番を背負った杉内である。トシ兄と呼んでくれる同僚の気遣いに感謝しつつも、オフ恒例の投手陣グアム自主トレには同行せず我が道を突き進む。内海がずっと支えて来た土台の上で、杉内はチームに緊張感と勝利への意志を加えてくれた。原巨人のV3は杉内俊哉と村田修一の加入から始まったのである。お疲れさまトシ兄、俺もどんなにデカい媒体で原稿を書こうが、タフにブレずに重圧に負けないよう仕事するよ。東京ドームで見た背番号18を見習ってさ。

 みんな覚えてる? かつて、阪神タイガースに在籍したマット・マートンは“日本球界No.1の豪腕”として、田中将大でも前田健太でもなく、ひとりの小さなサウスポーの名前を挙げたことを。

「スギウチは過小評価されている。アメリカでもあれだけキレのある投手はいないよ」

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