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俺らは“消耗品”だが絶望する必要はないと松井稼頭央から教わった夜【燃えろ!!デブ野球】第38回

燃えデブ第38回は15年ぶりの古巣復帰を優勝で飾った西武のレジェンド松井稼頭央!

ベテラン選手の引退セレモニーに涙するのは、そこに自分だけのメモリーとストーリーがあるからだ

 「ゴメン、これで新しいの買って」

 江口洋介扮する三上君はナチュラルにそう言って、道端でぶつかりサボテンの植木鉢を割ってしまった赤名リカ(鈴木保奈美)に諭吉さんを差し出すのである。いや万札の扱いが軽いよっ! ドラマ『東京ラブストーリー』が放送された91年春にはすでにバブルは終焉しかかっていたが、今見ると80年代後半の残り香が漂い異様にテンションが高い。織田裕二演じるカンチと三上君は、タバコを吸いまくり泥酔して殴り合いのケンカをかますが、いまいちマッチョ感はない。基本、女性陣の気まぐれに振り回され続ける(医大生役の千堂あきほが最強)。そう、往年のトレンディドラマにおいて彼らは代替の効く消耗品なのである。

 先日、村上龍の34年間続いた連載『すべての男は消耗品である。』最終巻が発売された。『東京ラブストーリー』放送と同時期の中学生時にVOL.1を文庫本で、VOL.5の単行本は大学内のユーゴー書店で、そしてラストは30代後半のおっさんとして秋葉原の書泉ブックセンターで買った。これだけ長い間リアルタイムで追い続けた作品は『こち亀』と『消耗品』とSOD素人物エロDVDくらいだ。手元のVOL.10のページを開くと、しおり代わりに使っていた2009年巨人vs日本ハムの日本シリーズチケット半券が出てきたりする。たぶん、この茶色いシミはサンマルクカフェで食った“できたてフレンチトースト・チョコバナナ”のチョコだっけかな…なんつって今週もエクスペンダブルズ・コラム『燃えデブ』が始まった。

 この手のロングシリーズは、もちろん作者と自分がともに同じ年を重ねるし、読み返すと年度ごとにそれを手に取った時の状況も不思議と思い浮かぶ。そう、プロ野球と同じだ。たまに昔のファミスタやパワプロをやったり、当時の野球雑誌を眺めていると、その背景もフラッシュバックするあの感じ。なぜ人はベテラン選手の引退セレモニーに涙するかというと、そこに自分だけのメモリーとストーリーがあるからだ。「クタクタになって日付が変わる時間に帰宅して、シャワーを浴びる気力もなくテレビを付けるとスポーツニュースであいつのプレーを見て元気を貰った」的なマイストーリー。だから、2018年の今、引退発表した42歳の松井稼頭央が打席に立つだけで少し泣けちまう。

現役ラストイヤー有終の美を飾る松井稼頭央の『所沢ラブストーリー』

 ブルース・リーのファンで知られる松井の1軍デビューは23年前の95年4月5日近鉄戦(藤井寺)だが、スイッチヒッターに挑戦し、投手から遊撃転向した2軍時代はあまりのエラーの多さに同期入団選手と「おまえいくつエラーしたんだよ」なんて愚痴り合う日々。正月テレビ番組『筋肉番付』で驚異的な身体能力を披露した97年には、1番打者として62盗塁を記録し東尾西武初Vの原動力に。翌98年はV2とイチローを抑えMVP獲得。デブ全盛の球界にアスリート系プレーヤーの格好良さを持ち込んだ先駆者のひとりでもある。21世紀に入ると2002年のトリプルスリー達成で名実ともに球界最高の遊撃手に駆け上がり、04年からいざメジャーへ。11年に楽天で日本復帰すると、13年の球団初日本一に貢献。そして、今季から15年ぶりに古巣西武のユニフォームを着ている。

 駆け足で紹介しても充分凄さが伝わる日米通算2703安打のレジェンド。88年生まれの坂本勇人が往年のリトルマツイに憧れていたのは有名な話だし、90年生まれの立岡宗一郎も小さい頃は背番号7のファンだったとインタビューした時に言っていた。そんな伝説の男が、現役ラストイヤーに古巣復帰で優勝して有終の美を飾り、19年からのライオンズ2軍監督就任要請も報じられる。まさに『所沢ラブストーリー』って…凄まじいベタさだが、こんな1億総突っ込みたがりの時代だからこそ、その種のベタさから逃げちゃダメな気がする。そう、引退試合やセレモニーは照れちゃダメだ。松井も西武も、ベタさを恐れず再び手を組んでハッピーエンドの大団円に繋げたのだから。

 近年の球界は選手の入れ替わりが激しくなり、今後キャリアの最後に古巣へ帰るケースは増えると思う。黒田博樹のようにアメリカから直で復帰もあれば、カズ松井や新井貴浩のように紆余曲折の果てに戻るパターンもある。来季の岩隈はどうするのだろうか? いかに始まり、終わるのか。しかし、これだけ引退ニュースやセレモニーが続くと、さすがに気分が落ち込む。人は誰でも老いるし、いつか別れが来るという当たり前の事実と向き合うハメになるからだ。俺らと同じくプロ野球選手もある意味、消耗品だ。野球生命を一瞬で燃やし、煌めき、去って行く。明日にはまた次から次へと新しい選手が入ってくる。でも、絶望する必要はない。とことんエクスペンダブルズでいこうぜ。

 村上龍の『すべての男は消耗品である。』は当初、下の句にこんなタイトルがついていたという。

 すべての男は消耗品である、だから自由だ。

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