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【燃えろ!!デブ野球】第5回「僕らはケビン・ミッチェルから人生に必要なことを学んだ」

燃えデブ第5回はプロ野球史上最高の現役バリバリ&お騒がせメジャーリーガー!ケビン・ミッチェル

NPB史上最高の現役バリバリのメジャーリーガーが福岡にやってきた!

 俺は『餃子の王将』の“ぎょうざ倶楽部会員カード”を持っている。

 いきなり合コンの自己紹介なら即死レベルの一文で今日も『燃えデブ』が始まった。ノーギョウザ、ノーライフ。毎年、雨の日も風の日もいつも静かに餃子を食べてスタンプカードを貯めまくり、この会員カードを手に入れるのである。ちなみに王将ではカウンター席でひとりプロレス本を読む。部屋とYシャツと私じゃなく、餃子とプロレスと俺。男にとってこれほど幸せな時間があるだろうか? 昨夜も餃子のお供に『告白 平成プロレス10大事件 最後の真実』(宝島社)を読んだ。

 「体重が120キロ台に落ちるとキック力が弱まる」
 生前のプロレスラー橋本真也はそう言ったという。野球なら痩せると打球の飛距離が落ちる説みたいなものだろう。“破壊王”のIWGP王者時は身長183cm、体重135kg。まるでケビン・ミッチェルの来日時のような体型だ。前回、本連載で取り上げた“コロコロちゃん”ことトラックスラーは、この大物ミッチェルの緊急来日の煽りを食らってダイエーを解雇されている。

 今から23年前の1995年春、小室哲哉とダウンタウン浜ちゃんがタッグを組む『WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント』が大ヒットを飛ばす中、NPB史上最高の現役バリバリメジャーリーガーが福岡へやって来た。なにせ、33歳のミッチェルは89年に47本塁打、125打点でナ・リーグMVPに輝いている超大物。来日前年もシンシナティ・レッズに所属し、ストライキでシーズン中断するまでの成績は95試合で「打率.326 30本塁打 77打点 OPS1.110」という凄まじいものだった。

開幕戦で満塁ホームランデビューも直後に微熱でダウン、そして…

 当時のダイエーは王貞治新監督を迎え、豪州ゴールドコーストで春季キャンプを行い、西武から工藤公康や石毛宏典をFA獲得と30億円補強を敢行。なおミッチェルの年俸4億円は、オレ流落合博満の3億8000万円を上回る球界最高額である。『ベースボールマガジン冬季号 1995年プロ野球総決算』を見ると、ヴィトンのアタッシュケースを左手に、右肩にはボストンバッグを下げ丸々太った怪しすぎるミッチェルの来日写真が掲載されている。身長180cm弱で体重は100kg以上のあんこ型スラッガーのままキャンプに3週間遅れで合流。メジャー通算220発の実績に加え、素行不良のトラブルメーカーとして知られる荒くれ者。「こいつ、本当に大丈夫か?」なんて誰もが心配する中、開幕の西武戦でいきなり初打席満塁弾というド派手なデビューを飾ってみせた。

 しかし、ここからが本当の伝説の始まりだ。開幕11試合目の4月14日近鉄戦で微熱を訴え欠場。さらに4月16日にも守備練習中に右ヒザをひねったことを理由に欠場。5月3日には幼児のようなデリケートさを発揮して、再び微熱で球場入りせず宿舎で静養。新入社員なら上司からガチで説教レベルにもかかわらず、GW明けの5月7日には打撃練習中に右ヒザを痛めまたも欠場。12日からの対日本ハム遠征も右ヒザの故障を理由にキャンセル(福岡大学でMRIをとっても異状は見つからない仮病疑惑も…)。5月26日にはヒザの治療を理由に無断帰国してしまう。2か月後、再来日した復帰第1戦の7月29日西武戦では5打数4安打の活躍。さすがメジャーリーガー…と思いきや、今度は9試合プレーしただけで、8月11日にジャパンでのロングバケーションを終え帰国。ついでに試合前夜に横田米軍基地のクラブで飲みふけって雑誌『フライデー』に登場。もはや「右ヒザを治して、すぐ帰ってくる」というミッチェルの与太話を信じる者は誰もいなかった。

 結局、37試合で「打率.300 8本塁打 28打点 OPS.920」という中途半端な成績を残し、チームも5位に低迷。給料支払いを巡りダイエー球団と裁判沙汰になるオチまでつけて、ミッチェルは金と共に去った。…そう言えば、最近「現役バリバリのメジャーリーガー」という表現をあまり聞かない。そのターニングポイントとなったのは、ミッチェルが来日して、野茂英雄が渡米した1995年だった気がする。

もうミッチェルのような未知の大物は現れない…

 恐らく90年代中盤以降、我々はMLBを中途半端に知りすぎてしまったのだろう。気が付けば、テレビをつけたら日本人メジャーリーガーの試合をやっている日常。そこにあの頃のような過剰な幻想が入り込む余地はない。プロ野球は一種の“幻想”を売り物にする商売だ。プロレスラー最強神話と近い。プレーで結果を残せば、マスコミやファンが勝手にストーリーを作ってくれる。だから、野球選手は気軽にインスタでトレーニング以外の日常を発信しない方がいいと思う。人によっては、店でカートに乗るみたいな幻想に守られていた幼稚さがバレるから。

 23年前のミッチェル騒動は、日本の野球ファンの“メジャー最強幻想”が根本にあった。あの腹の贅肉すらもデブ=パワーのド迫力ギミックとして機能していたほどだ。テレビでもほとんど見たことない、異国の地から未知の大物がやってくるみたいなワクワク感。みんな若く無知だった。大げさに言えば、ミッチェルを通じて広い世界を知った。ファンタジーではなく、完璧ではない時に失望もするリアルな世界だ。

 今思えば、俺たちはケビン・ミッチェルから人生に必要なことを学んだのである。

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