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【燃えろ!!デブ野球】第12回「『みなおか』の最終回に、落合博満の“オレ流”を見た」

燃えデブ第12回は、NPB最多の3度の三冠王に輝いたオレ流打者のFA移籍騒動を振り返る!

 

90年代小中学生だった僕らの日常だった、とんねるずと野球

 
 水曜は生ダラ、木曜はみなさんのおかげです、土曜はねるとん。

 これが90年代初頭の小中学生の平均的なテレビ視聴スケジュールだ。少し背伸びして垣間見るオトナのえほん…じゃなくてオトナの世界。90年代、大学のまだ微妙にバブルの残り香漂う体育会系文化部的なサークルノリは、とんねるずのテレビ番組の影響も大きかった気もする、なんつって同世代の友人と昔話をしながらカニを食べた。

 偶然にもそこにいた数名が「野猿をやり出した頃からガキっぽく感じてとんねるず番組を熱心に見なくなった」と話していたのが印象的だ。同時期にダウンタウンの松本人志はお笑い界の革命とも言える『VISUALBUM』をリリースしていたわけだから、当時の若者がどちらに熱中し支持したかは言うまでもない(冷静に振り返れば両者を同ジャンルで語るのは無理があるが)。よっちゃんイカ片手に『ガラガラヘビがやってくる』のCDを買っていた子どもたちが、大人となり『みなおか』最終回を見届けカニを頬張る2018年春。さりげなく往年のプロレス中継のように連載日が金曜夜から月曜夜へと移動して、今週もノスタルジーに片足突っ込んだ『燃えデブ』が始まった。

 カニ飯から帰ると懐かしくなって、事務所の資料棚からとんねるず全盛期の頃の野球雑誌を何冊か探してみた。90年の『ホームラン2月号』(日本スポーツ出版社)では前年秋の元木大介ドラフト騒動を巻頭特集。『5年前、巨人に振られた清原和博が、いま元木大介へ熱いメッセージ』というページでは当時西武の清原から「元木はダイエーに入ったらばいいのや。ドラフト会議の場では巨人からはっきり見捨てられたのや。巨人を見返せるチャンスやないかと思う。“大森より、元木を指名すべきだった”と思わせるのが男やないか」と熱い檄が飛んでいる。他にお約束の故・大島渚氏の説教ページや、「ドラフトに一考を…かつての10年選手の特権を復活せよ!」的な数年後のFA制度と逆指名ドラフトを予見するコラムもある。

40歳、下り坂と思われた落合の巨人移籍に、周囲は拒否反応

 
 そして、3年後の『週刊ベースボール』93年12月20日号は導入されたばかりのFA制度一色だ。表紙は巨人移籍直前の落合博満。若手時代は二塁も守り、85年には「打率.367 52本 146打点 OPS.1244 得点圏打率.492」という凄まじい成績を残し、178cm、82kgでデブイメージは薄いオレ流だが、現役晩年はぽっこり中年太りのお腹は目立つようになり、そんな下り坂の40歳元三冠王の獲得に巨人OBたちは怒り狂う。現DeNAのGMを務める高田繁氏は正論をぶっこみ「オレ流を認めるのかどうかとか、入る前からそんな心配をしなければならない選手を迎えるということ自体がおかしい」、張本勲氏は「とにかく死にもの狂いでやるしかない。オレ流の調整法などといってる場合じゃないと私は思いますよ」と今と変わらず喝。いかに当時の球界でオレ流=ワガママイメージで敬遠されていたのか分かる。

 さらに巨人主力選手の原辰徳が「FA制度が出来て今年が1年目。制度自体にいろいろ問題はあるが、組合を抜けた落合さんがその不備をあげつらうのはおかしい」と珍しく不快感をあらわにし、篠塚和典は「(落合が希望すると報じられた)背番号6を他人に譲るときは野球を辞めるとき」なんて歓迎ムードとは程遠い臨戦モード。さらに同号の週刊ベースボールの中では阪神からダイエーへFA移籍した松永浩美が原や篠塚に対して「自分もFA宣言して手を挙げなさいよ。手を挙げないのに言う権利はありませんよ」とオレ流援護射撃をかます全面抗争状態。FA権を持ちながら宣言せず残留した選手には数千万円の功労金が支払われるなど、当時の球界が慣れないFA制度を巡り混乱状態だったことが見て取れる。

オレ流を貫き通した落合やとんねるずの格好良さ

 
 時代の変わり目、『weeklyゴジラ』コーナーでは19歳の松井秀喜が初の契約更改で球団代表相手に約80分も話し合った様子に「かわいげがないほどオトナの更改」と若者の強心臓ぶりに驚愕。同年12月4日の第1回ベースボール・トレーナーズ・セミナーに現役選手としてただひとり近鉄の野茂英雄が参加したことも話題に。この頃から、新世代プロ野球選手の意識も昭和のサラリーマン的感覚ではなく、平成の個人事業主へと大きく変わり始めた。

 今思えば、数字を残せなかったら責任は自分が取ると自己流調整を押し通し、様々な要求を臆することなく球団に伝え、自分を高く買ってくれるところと契約すると公言、ときにワガママと言われたオレ流は未来を先取りしていたのである。時代が落合に追いつきつつあった94年、入団時はあれだけディスられた男は4番打者として長嶋巨人の優勝に大きく貢献。古巣中日との10.8決戦では途中負傷退場するまで、先制ソロアーチに勝ち越しタイムリーとチームを牽引した。

 ワガママとオレ流は紙一重。若い頃はみんなイキってオレ流でも社会で揉まれるうちに丸くなる。けど、落合は最後までずっと落合博満のままだった。何の世界でも、40歳を超えてもオレ流スタンスで仕事ができる男は尊敬する。

 そう言えば、『みなさんのおかげでした』のラストでとんねるずが歌った『情けねえ』は格好良かった。あれこそ、自分たちが子どもの頃に見ていた“オレ流バラエティ”そのものだったから。

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