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トム・クルーズとデストラーデと甲子園のニッポンの夏【燃えろ!!デブ野球】第32回

燃えデブ第32回は西武黄金時代の主砲で3年連続本塁打王を獲得した“カリブの怪人”デストラーデ!

大阪王将で夏限定冷やし中華を食べながらトム・クルーズを想う

 近年のトム・クルーズの立ち位置はプロレスラーに近い。

 あんなに危険なことをやって大丈夫なのか? なんてファンに心配されながら、結局はやり遂げる。公開中の主演映画『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』でも、アクションシーンの撮影中に足首の骨を折るアクシデントに見舞われている。複雑な骨折にもかかわらず、映画パンフレットには「最低でも9カ月は走ることができないと医者から言われたが、リハビリに数百時間費やして6週間後には撮影再開。結局、骨折した12週間後にはダッシュをしていた」なんてサラリと撮影を振り返る超人トム。この“大怪我だったけど驚異の回復力で復帰”アングルはまさにレスラーの専売特許だ。

 現在56歳の男が、ヘリコプターにぶら下がり、自ら運転もこなし、特殊なパラシュート降下方法のヘイロージャンプ(高高度降下低高度開傘)撮影前には最低100回のジャンプ訓練を己に課す。一歩間違えば即死レベルのスタントに挑む姿に「危険すぎる」とファンからは心配の声も。ちなみに最近のプロレスもケニー・オメガや飯伏幸太の身を削る危険技の応酬に、ファンからは「行き過ぎた攻防はやめた方がいい。心配して楽しめない」という議論も噴出している。真夏のG1クライマックスの決勝戦で、その飯伏と真逆を行くクラシックスタイルの棚橋弘至が優勝したのは興味深い。危険なことを簡単な顔をしてやるのがプロであり、その苦しみあがく姿をあえてビジネスに落とし込むのもまたプロだ。だから、アマチュアの高校野球甲子園で、とんでもないエースの酷使を感動ストーリービジネスに持っていくのはどう考えても狂ってる。

 どんなスーパースターも人間である。トム・クルーズもそう遠くない未来、加齢とともにこの過激アクション路線には終わりが来るだろう。そう、秋が来たら姿を消す『大阪王将』で昼飯に食った冷やし中華のようにだ。いつまでもあると思うなよニッポンの夏。だから、俺らは今の内にトム・クルーズ映画も冷やし中華も味わっておいた方がいい。ついでにこの連載も読んでおいた方がいいっすよなんつって、今週もミート・インポッシブル・コラム『燃えデブ』が始まった。

BBMベースボールカード『タイムトラベル1989』を開けているとあの能天気な空気を思い出す。

 それにしても1962年生まれと言ったら、プロ野球なら伊東勤とかオレステス・デストラーデと同い年だ。これだけ動ける56歳は、地球上でもトム・クルーズと秋山幸二ぐらいじゃないだろうか…じゃなくて、先日の西武ライオンズレジェンドOBイベントで来日したデストラーデを久々に見ると、やっぱり腹も出たいいおじさんになっているわけだ。最近、BBMベースボールカード『タイムトラベル1989』シリーズを本屋で見つけて大人買いした。29年前の1989年の球界、世相、直筆サインカードまで入ってる夢の1BOXが8640円。開けてみると“Mr.マリックの超魔術ブームカード”なんていうのもある。バブル絶頂で世の中全体が調子こいてたあの頃、曖昧な“ハンドパワー”も今なら即炎上案件だろう。

 当時、自分は小学校の高学年だったが、すでに軽くハゲた同級生が言うように「人生でこの頃が1番気楽」だった。まだ未来にリアリティがなく、先輩や上司みたいな面倒くさい人付き合いもない。あらゆる関係性がフラットで、誰かのウチでファミスタ大会に燃えたり、クラスの男女で水風船を投げ合ったり、河原に落ちてるエロ本を拾うために探険したりしていた。そのスーパーフラットな世界は中学進学すると嘘みたいに消えてしまうわけだが、『タイムトラベル1989』カードの封を開けているとあの能天気な空気を思い出す。

わずか83試合で32本塁打、81打点を叩き出したオレステス・デストラーデ

 そんなオリックスやダイエー球団が始動して、吉村禎章が大怪我から復帰、ブライアントの4打席連発弾で近鉄が優勝した平成元年にデストラーデは来日した。カード裏の説明を読むと『バークレオの不振もあって6月に緊急来日。デビュー戦の20日オリックス戦でいきなり初本塁打を放つと、7月6日から3試合連続本塁打、その後1試合不発を挟んで再び3試合連続弾と爆発。9月には8本塁打、19打点をマークして月間MVPを受賞。わずか83試合で32本塁打、81打点を叩き出した』とある。猛打を誇った“カリブの怪人”(このニックネームも今ならアウトな気が…)は翌90年から92年まで3年連続本塁打王を獲得、日本シリーズでも90年巨人、91年広島、92年ヤクルトと“3年連続シリーズ第1戦第1打席ホームラン”の恐るべき集中力でセ各球団を粉砕する。93年から地元フロリダに誕生した新興球団マーリンズにスカウトされてメジャーへ。4番を任せられ、20本塁打、87打点と活躍すると、95年に西武復帰。だが、あきらかなオーバーウェイトで往年のキレはなくその年の6月に引退を発表した。

 こう振り返ると、平成初期のプロ野球はやはり二昔前という感じがする。サッカーJリーグはまだ誕生すらしていなかったし、この30年で球界を取り巻く環境も激変した。大相撲もプロレスもエロ業界もそうだ。なのに、高校野球の甲子園だけいまだに昭和とほぼ変わらない価値観の中に存在している。さすがに無理がある。ハンドパワーを無邪気に信じるには、俺ら大人になりすぎちまったよ。

 トム・クルーズとデストラーデと甲子園を想う夏がじき終わる。29年後の2047年、『タイムトラベル2018』カードでジイさんの俺らがバレンティンや映画『カメラを止めるな!』を懐かしんでいる頃、いったい夏の甲子園はどんな大会になっているのだろうか?

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