Lifestyle

【燃えろ!!デブ野球】第29回 扇風機のヌルい風に吹かれて、長州力の名言に山下斐紹を重ね合わせた

燃えデブ第29回はプロ初アーチが劇的サヨナラ弾の楽天・山下斐紹!

思えば、プロレスと言えば土曜夕方4時だった…あの頃の記憶とともに、鶏かつ重をかき込んだ

 金曜夜8時のプロレス黄金時代に間に合わなかった。

 自分達のような1980年前後生まれの世代にとって、プロレスと言えば「夕方に楽しむ」ものというイメージが強い。新日は土曜夕方4時のテレ朝、全日は平日の夕方5時にテレビ埼玉で見ていた。この時間帯は、いわば小学生にとってのゴールデンタイムである。放課後に校庭で遊んで帰って、おやつ片手にファミコンしたりコロコロコミックを読んだり、夕方のアニメ(ルパン三世とか)やプロレスを楽しむ。

 夜のチャンネル権はオヤジや兄貴で自分にないし、深夜テレビの時間にはすでに寝ている。俺は人生をやり直すなんて死ぬほど面倒くさい派なので、過去なんか絶対に戻りたくない。それでも、あの酢だこ三太郎片手にプロレスを眺めていたゆっくりと流れる時間だけは時々懐かしく思い出す。まだ綺麗なおネエちゃんの存在はリアリティがなく、自分の好きなことだけをやり、世界のすべては単純だった気がする。プロレスはそんな自由の象徴だった。あぁ気が付けば30代も終わりに近い、それにしてもニッポンの夏はどうしちまったんだ…と身体を引きずるように街へ出て、クーラーの効いた溜池山王の『こくりこ』で鶏かつ重をかき込み、今週も月曜夜9時の戦いのワンダーランドコラム『燃えデブ』が始まった。

ソフトバンクの高卒ドラ1だった男が背負った「城島2世」という不条理な期待

 最近、『真説・長州力 1951-2018』(田崎健太著/集英社)や『長州力 最後の告白』(長州力・水道橋博士著/宝島社)といった長州力の本を続けて何冊か読んだ。ちなみに有名な“かませ犬発言”はリアルタイムじゃなくて、第1回G1クライマックスで3連敗したあたりから強烈に覚えているので、我々はパワーホールを通してプラザ合意前後の昭和後期の近代史を学んでいるわけだ。『最後の告白』の中の長州の言葉でこんな印象的な表現がある。

「上には一人しか登れないんですよね。高い波には一人しか乗れないっていうのはそういう意味です。それ以上なにもない。波が立った時に、一人だけが乗る。でも波はみんなで起こすものだ」

 これはプロ野球界の正捕手争いでも同じようなことが言える。チームスポーツでも、そのポジションを勝ち取れるのは基本的に一人だけ。若くして引退した選手に聞くと、振り返ればプロ人生で一度や二度「今思えばあの時がチャンスだった」というターニングポイントがあったらしい。でも、波が立った時に乗りそこねた。いわば天下を取りそこねた男だ。例えば、先日の楽天vs日本ハム戦でプロ初本塁打となる劇的なサヨナラアーチを放った楽天の山下斐紹もそういう選手のひとりである。

 習志野高からソフトバンク10年ドラフト1位でプロ入り。当時の報道では同球団の高卒ドラ1捕手というだけで“城島2世”と当たり前のように書かれちゃう悲しさ。城島健司は03年には捕手としては野村克也以来となる全試合フルイニング出場、打率.330、34本、119点という凄まじい成績でMVPに選出されている(メジャー1年目の18本塁打は松井秀喜を上回る日本人選手1年目最多記録だ)。もちろん現代の球界にこんな猛打を誇る捕手は一人も存在しない。どこかポスト阿部慎之助を託された巨人の小林誠司を思い出させる無茶ぶりだ。

 179cm、93kgのちょいポチャ体型で左打ちの山下も「オフの自主トレで巨人・阿部の打撃術を実践」とニュースになったこともあるくらい背番号10を目標としていた。今思えば、21世紀のドラ1捕手はほとんどが“城島2世”や“阿部2世”を期待されちゃう不条理さ。その手の過剰なパワープッシュは時に若手を萎縮させる。あの大田泰示だって、素質が開花したのは背番号55や松井2世の呪縛から解放された日本ハム移籍後だった。そりゃあ新入社員に営業目標3億とか丸投げする会社に入ったら俺ならすぐバックレるだろう。

「打席の雰囲気が清宮みたい」とデーブに謎の褒められ方をする山下

 山下は15年には登録名を“斐紹(あやつぐ)”へ、そして翌16年は開幕マスクを被るもその後先発した5試合でチームは4敗1分け。以前、里崎智也氏にインタビューした際「いい捕手とはチームを勝たせることのできる捕手」と言っていたが、彼は勝てなかった。昨季まで7年間で本塁打0。オフには西田哲朗との交換トレードで楽天へ加入。登録名もフルネームに戻し、「打席の雰囲気が清宮みたい」(デーブ大久保)となんだかよく分からない褒められ方もされながら、今季はすでにキャリア最多の19試合に出場すると、24日には前述のプロ初アーチとなるサヨナラ弾、翌25日にはスタメンマスクでチームの勝利に貢献。長州的に言えば、25歳になったプロ8年目で何度も逃し続けた波に乗ろうとしている。

サヨナラHRでマイクアピールもキメた山下は、この波に乗っていけるのだろうか?

 プロレスもプロ野球もマイクアピールは重要だ。サヨナラ弾のお立ち台で「僕とトレードになった西田さんが楽天戦で本塁打を打っていたので、ファンの方は『なんでこいつ来たのか』と思っていただろうけど、今日打ててよかったです」なんて笑う山下の姿。26日付サンスポでは「嶋さんを追い越すくらいの勢いでやっていきたい」と決意表明のコメントも載っている。自虐的でやんちゃ、ちょっと森田まさのりが描く少年漫画の登場人物ぽい。

 そう言えば昔、少年ジャンプで『県立海空高校野球部員山下たろーくん』ってこせきこうじの漫画があった。ド不器用の主人公が愚直に野球に打ち込む姿が話題になったが、楽天は今こそ山下たろー&山下斐紹コラボグッズで売り出すべきではないだろうか。社会に出て何年間か経つと、少年漫画の主人公のようにむしゃらに頑張ることがアホらしくなることがある。どんなに必死こいて働いても結果が出ないあの感じ。もう期末テストで20点だったよなんて隣に笑い合えるクラスメートもいない。それでも、ステージに立ち続けてさえいれば山下のようにプロ8年目で“波”が来ることもある。

 腐ったら負けだ。俺らも扇風機のヌルい風に吹かれながらプロレスでも観て、次の波を待つことにしようか。
<関連記事>
【燃えろ!!デブ野球】あの頃、僕らはみんなデブだった
【燃えろ!!デブ野球】第10回「外道さんの本は、焼きたてのステーキと吉永幸一郎のホームランの匂いがした」
【燃えろ!!デブ野球】第11回「タイロン・ウッズのホームランはまるで上質なポップソングのようだった」
【燃えろ!!デブ野球】第12回「『みなおか』の最終回に、落合博満の“オレ流”を見た」
【燃えろ!!デブ野球】第13回「アジャ井上の2打席連発弾!いつの時代もデカいことはいいことだ」
【燃えろ!!デブ野球】第14回「君も剛腕ルーキー中日・鈴木博志のように『すき家』で丼ツー食える男にならないか?」
【燃えろ!!デブ野球】第15回 キャベツ太郎を食べながらアマダーとベイダーを想った月曜日
【燃えろ!!デブ野球】第16回 平成のオカダ・カズチカ”に“昭和の江川卓”を重ねた甘い夜
【燃えろ!!デブ野球】第17回 山川穂高、大型スラッガーは自身のステーキ弁当が発売されてからが勝負だ!
【燃えろ!!デブ野球】第18回 オカダ・カズチカの姿に棚橋を重ね、オカモト・カズマの一発に江藤智を思い出した
【燃えろ!!デブ野球】第19回 オリックス澤田圭佑のようになりたくて、猛牛コロッケを食べたあの日の京セラドーム
【燃えろ!!デブ野球】第20回 チーズハンバーグの香りに小笠原慎之介のヒールターンを妄想した
【燃えろ!!デブ野球】第21回 金髪モヒカンの中日ガルシアにパンクラスの秒殺を重ねた、しょっぱい三日月の夜
【燃えろ!!デブ野球】第22回 牛たれカツ丼を食べながら、「二塁マギー」を忘れないでいようと心に誓った京セラドーム
【燃えろ!!デブ野球】第23回 右翼ペゲーロのズンドコ守備にフリオ・ズレータを思い出した東京の夜
【燃えろ!!デブ野球】第24回 あの頃、僕らは井川慶からプロ野球とサッカーW杯の両立は可能だと教わった
【燃えろ!!デブ野球】第25回 祝・オールスター選出! テレホーダイ世代は松坂大輔の背中に“平成史”を見た
【燃えろ!!デブ野球】第26回 W杯を眺めながら、相手監督に顔面キックを食らったトレーバーを思い出す明け方
【燃えろ!!デブ野球】第27回 猛暑に負けないために必要なのは、大原優乃とバレンティンだと気付いた神宮の夜
【燃えろ!!デブ野球】第28回 部屋とカップ焼そばと森友哉

プロ野球死亡遊戯